散る儚さこそ美なり /4月28日

私が桜が美しいと思うのは、満開になる春が零れる華やかさではない。

 

美しさを残したまま地に落ち、そこでこれから生き行くものを飾る。

 

枯れて落ちるような生きながらいもせず、自分の終わりを察し、周囲に花を持たせて美しく去ってゆく。

 

見事な生き様。実にあっぱれ。

 

終わりこそが全ての始まりであるならば、やはり静かに一杯やりながらそれの門出を祝いたいな。私は。

 

 

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座して動かず/4月27日

 なんだかテレビの電源を入れたらジャニーズの人が謝っていました。良く分かりませんが、犯罪は不倫とは違って、世間に事情を話す必要は出てきますね。

 

 ただこれ、私が少々不思議に思うのは、2月に発生していて示談済みなのに、4月25日に情報が出てきました。確か4月24日の夕方に、某文科大臣が公用車で面白そうなヨガに行っていたという記事が出ていましたね。

 

ここのところ閣僚の不祥事が雪崩式に出てきましたから・・・。

 

ま、あとはご想像にお任せします。

 

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猫的感覚/4月26日

少し読んだだけでも勉強になりました。

 

とくに著者の言葉で記憶に残っているのは「いったん失った能力は再進化することはまずない」という言葉。

 

猫モードで読んでいても、ふと全体論で生物の原理原則にぶつかる。

 

そっか、これは人間も同じことで、退化させないことは世界遺産よりも大事だなと。

 

コンピューター社会にゆだねて失う能力は大きいと思う。

 

既に、人間で言えば親知らずの歯は退化してしまった。つまり今後、人間種で歯が増えることはそうそうないということ。

 

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私が時代遅れなのか/4月25日

 この間レンタカーに乗ったら、バックミラーが電子ミラー仕様でした。要するに、内臓カメラの

 

映像がミラーに映し出されるというもの。正しくはミラーではなくて、モニターということかな?これ、とっても運転しずらいんですよね。

 

デジカメと同じく、カメラレンズには「画角」というものがあります。分かりやすく言うと「視野」です。

 

アナログミラーと全く同じ画角で映し出されるのなら何も問題はありませんが、ご丁寧に広く見える。

 

距離感覚がイマイチ。

 

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元に戻って/4月12日

昨今の国会よくわかりませんね。

 

元から分からないですが。

 

ま、どちらの言い分も分かります。

 

関与していたと思われたくない方と、思いたい方とで。

 

ただ、毎回毎回ブログでも書いていますが、基本的に政治家はより良い法案を作るのが仕事。

 

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仕組み/4月11日

人の心というのは不思議なもので、外部の知覚から得た情報を総合し、相手を知り、そしてそれが「心」の中で化学反応を起こす。

 

いわば視覚、聴覚、嗅覚、触覚で感じる総合反応。

 

それが心だ。

 

正確に言うと、物体の中身を自分の脳の中で、それぞれの知覚という通訳機を通じて「心」を感じ、そして愛す。

 

であるから、心の主体は自分の感じた分量そのものであって、愛する相手は黒柳徹子の飼っている「AIBO」であろうが、遠く離れた外国人であろうが、見た事も触ったこともない地球外生命体であろうが、脳の中にしか見えない神であっても心の主体は自由である。

 

 

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つまんない/4月9日

集団的に意見がぴったり合致することなんてまずあり得ないです。

 

もやは天文学的な確率。

女性脳の特有でよくありますが、まず最初に詳細の合意がなされていない中で、「美味しかったよね〜!」とか「良い映画だったよね〜!」なんてことはあり得ないはず。

どれもこれも曖昧過ぎで、美味しくなかったかも知れないし、良くも感じなかったかも知れない。

ひとつひとつの合意点を得た結論ではないわけで。

例えば、美味しかったとするならば、何が好みで、そしてその好みにどれだけ合致していて美味しかったのか?はたまた創作的という意味合いで面白くて美味しかったという場合もある。

ようするに雰囲気を崩さない、もしくは「みなし合意」で仲良しを強調したに過ぎない。

 

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気構えの真意/4月1日

技術を身に付けるという事は、複数のやり方や考え方を習う必要がある。

 

ウソです。

 

ひとつで十分。

 

現代社会では沢山の選択肢を持てる機会がある事を利点としていますが、それは真逆です。

 

ひとつのテクニックを信じ、もがき苦しむ。

 

そうやって半世紀前の伝統技術や食文化が誕生し、そして現代でそれを凌ぐどころか、再現すら出来ないものも沢山あります。

 

登山道の入口で、複数の道があるのと同じく、途中で分からなければまた戻って他の道、そしてまた他の道と、結局登って降りての繰り返し。

 

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