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防止の役割として

 

近年、通信手段の発達から、誰でも気軽に事件事故のニュースを極めて速く入手できるようになってきた。

 

大きな事件事故は当然、今まで新聞の記事にもならなかったことまで。

 

一昔前は「新聞や書籍をよく読む人が物知り」であったが、今は時代が変わって、良くも悪くも手軽に情報が入手できるから、それらを自分でよく精査して選んで読む時代。

 

中でも、私がよく目についてしまう分野の記事は動物。特に最近よく目にするようになったのは、動物の残忍な虐待についての報道。

 

購入時に身分証明が必要な毒劇物を餌に混ぜ込んで仕掛け、それを食べてしまった散歩中の犬や野良猫が死んでしまったり、また野良猫の足を切断したり、足で踏みつぶして殺したり。

 

犯罪にも沢山種類はありますが、この手の犯罪は日本の司法でももっと厳罰をもって対処すべきかと思います。

 

理由として、こういう事ができる人は、弱者で抵抗のできない者を対象としているため、子供や老人、またはホームレスの方々にもそれを行ってしまう可能性があるから。

 

犯罪そのものでは、動物を虐待したということのみなのですが、将来エスカレートしてゆくかも知れない、重要な兆候として捉えることも必要だと思うのです。

 

つまり、それを未然に防ぐ役割として、改善期間を設けるという厳罰化。

 

動物にはできて、人間にはしないという差別化は、結局のところ、法律上の罪の重さを計算しているから。

 

よく、もとから猫嫌いであったり、糞尿被害による逆恨みを聞きますが、これとて、子供嫌いは大勢おりますからね。

 

殺せばどうなるかすら、罪の重さ自体ももはや調べてからの犯行なのかも知れません。

 

本来は、厳罰化ではない部分で改善できるところがあるのがベストですが、やはりふざけてやったり、憂さ晴らしで行って良いことと悪い事の分別が付かなかった時点で、私的には完全にアウトなんですよね。