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嬉しいかどうかは不明

桜の写真を一枚忘れていました。

 

天気があまり良くないのが残念でしたが、川の護岸工事をしていない横に居る桜が、なんとも自然美だなと。多分水に浸かってしまったこともあると思います。

 

 

さて、話は変わって、今日の本題。

 

人に褒められると嬉しいものですか?

 

私は嫌ではないかも知れないけども、決して諸手を挙げて「とても嬉しいです!!」とはならないけどな~。

 

そうだなぁ、例えば「文章が書くのが上手ですね」と言われたとしたら、それはその人にとって読みやすかっただけだし、施術技術で「世界レベル」と言われても、そんな曖昧なレベルは良く分かりませんよね?

 

「何でも知っていますね」は、その人が知らない事を知っていただけだし、「頑張っていますね」は直ぐ近くで24時間見ている人ではない限り、何をどう頑張っているのかなんて知らないでしょ。

 

「優しい」「いい人」「正確が良い」なんていうのは、毒にも薬にもなる表現で、やさしさの先に甘やかしがあったとしたら、それこそ人をダメにしてしまう将来を摘み取る毒言葉でしかありません。

 

あの人に比べて優秀だという表現なんてつまりは主観でしょ?

 

そんなことをいちいち聞いて、その気になっていたってしょうがないじゃないですか?

 

ま、逆も同にケナサレても同じなんですけども。

 

 

一生その人と2人だけの島で生きなければならないのなら、褒められてそれはその気になっていても良いでしょうが。

 

自分の事なんですから、自分で満足した所にいるかどうかが事実でしょ?

 

そんなんで良いのなら「凄いですね!」と100回連続で言ってあげてもいいのですが、それだと今度は「あまり言うとウソだ」と思いませんか?

 

じゃあ3回連続なら?10回連続なら?

 

1回ならいいけど3回は微妙、5回はダメ?とか。

 

ほら、結局自分がどれだけ快楽という満足を得られるかどうかでしかないわけですよ。

 

 

頂いた気持ちの分だけ返すくらいの褒め言葉はエチケット。

 

この快楽中毒になってしまっては、何も相手に与えていないのに、人に対して求め続けるスパイラルに入ってしまうわけで。