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過去と今と未来

 

今日は最終電車でした。

 

電車の中で、3人のスーツを着たサラリーが仕事の話をしていました。

 

そこには居ない方の話をしているようで、3人でアレがダメだコレが良いなど、満員電車で討論会。

 

ま、会社に務めるとそういう会話になるんですしょうかね。

 

そしてこの居ない人について、一人の方は「アイツはいくら成績が良くてもエビデンス(根拠)がない。」という指摘。

 

なるほど、楽しくなってきましたエビデンス主義の人登場!

 

ま、共通言語としては大事な事かも知れませんが。

 

根拠や証拠というものは過去から統計をとってはじき出す作業ですからね。

 

しかし、一度会社から離れたら、そういった過去からはじき出す根拠というものは、、危機管理以外では役に立たないものです。

 

ま、安定型思考で面白みもないじゃないですか。

 

だからこそ、自分の殻から抜け出す作業が難しいのかも知れませんね。

 

過去と現在と未来は違います。

 

過去は確かに変わらないかも知れません。しかし現在はいくらでも変えられるし、そして未来はもっと変えられる。

 

組織でなければ、誰かに過去と現在と未来を決めつけられる筋合いはありません。

 

ま、学歴社会になる理由はそこなんですけどね。

 

これだもの経歴詐称も起こるわけだ。

 

 

ただ、私なら、エビデンスをはじき出す「その過去とやら」は、本当にその結論で間違えはなかったのか?

 

何やら昨今のニュースでもある、文書改ざんなんてことがあったら、全部の根拠が崩れるわけじゃないですか。

 

厳格に行われている格式高い裁判だって、極論有罪判決であっても、時間を巻き戻すことが出来ない以上、その人が100%やったかどうかなんて分からないわけですし。

 

そうやって考えると、裁判官や弁護士というのは本当に大変な仕事だと思いますよ。

 

結局過去なんて基本不確実要素の塊なのですから、信じるのは自分の今と未来でよいのではないかと思うのは私だけでしょうか?