健康と不健康は何が違うのか?

 不健康と健康については、肉体的な部分にフォーカスされがちですが、実際はそうではありません。例えば「メタボだと不健康でそうでなければ健康?」と聞かれればどの様にお答えになりますか?実際に多くの方に聞いてみても「う~ん・・多分・・・。」という反応が一番多いようです。これは肩こりや腰痛、四十肩や五十肩、ギックリ腰や寝違えなどにも同じ事が言えます。

 

 では、健康とは何なのでしょうか?整体の本質を語るうえで、この論理はとても重要なことです。

 

 世界保健機関(WHO)では健康について「「肉体的 Health」「精神的 Mental」「社会的 Social well-being」「霊的 Spiritual」に満たされた状態」と提唱及び議論がなされています。つまり、前例のように、単に「メタボが無いから私は健康です」という事ではないのです。または「メタボだから不健康です」とも限りません。体が健康であっても、心が不安定で余裕がない、幸福感もない状態であっては「不健康」というわけです(精神的)。他にも、家族や友人、仕事や学校の人間関係がギクシャクしているような人(社会的)も、生きがいや信念、尊厳、存在意義を感じられずに、人生の目的もないという人(霊的)も不健康というわけです。また、憲章前文にも以下のようなことが書かれています「人種、宗教、政治信条や経済的・社会的条件によって差別されることなく、最高水準の健康に恵まれることは、 あらゆる人々にとっての基本的人権のひとつです。」と。 

 

 つまり、肉体的な病気の根源が不健康からなるとすれば、これらの要素は病気の根源でもあるわけです。よって、病気になる前の不健康状態に対応ができるように、「医学的に異常な数値、兆候が出ているかどうか」ではなく「肉体的・精神的・社会的・霊的」なトリートメントを行うことが重要なわけです。

当院の整体で不健康から健康へ

 「どうして施術を受ける必要があるのか?」と聞かれることがありますが、正常な位置にない背骨は、同じ部分の体表(皮膚温度)に左右差が出てきます。これは神経活動に異常が生じている証拠です。

  左の図は、背骨の中にある脊髄を輪切りにしたものです。「皮膚」「筋肉」「内臓」は神経を共有しており、皮膚の機能、温度管理だけの異常ではありません。筋肉や内臓の機能にも同時に異常が現れるのです。これにより、背骨が曲がっているかいないかの単なる「見た目」の施術から、どこの背骨が問題で全身にまで異常をもたらしているのかを知ることができます。

 また、背骨の体表面皮膚温度以外にも、神経活動の異常を知る方法があります。それは、背骨の一つ一つの可動性を触診によって調べる方法です。

 神経活動に異常がある場合には、背骨の関節が左右で対称な動きが出来なくなり、関節運動がロックする現象が起こります。これらも、上の図に示した通り、神経の活動異常が起こることで、筋肉が過剰な緊張を起こす現象です。日本では一般的に、当院のような体表面温度を計測する機械が置かれていない所が多く、後者の背骨の関節の運動制限を見つけ出して、施術場所を見つけ出す方法が一般的に行われています。 

 左が正常な腰椎の配置で、右が関節運動の途中でロックし、腰椎が傾いている様子。一般的に骨がズレるという表現は、厳密には関節運動が運動の途中でロックしてしまっている状態のことを言います。これは、上記でも示した通り、皮膚の温度にも異常が現れている状態です。同じく、関節運動が固定化し、周囲の筋肉の緊張が起こります。筋肉は神経の命令によって収縮が行われているため、神経機能を正常化することで、この関節の固定化を解除することができます。それによって、連絡する内臓の機能も回復を図れるわけです。

そして自然的経過を待つ

  神経の機能異常を解除すれば、身体の機能が正常化され、生物が持つ本来の「体内環境を一定の状態に戻す」という恒常性が活発になります。あとはじわじわと自然力が効いて体の回復が促進して行くだけです。治癒には「時間」が必要です。

 

 身体は自然の産物。神経機能が正常に整えさへすれば、過不足なく常に体を最良な状態に保つ働きが再現されます。

 

 誰かが治すのではなく、自分にしか治すことができないのが身体というものです。

肉体の施術は上っ面

 さて、WHOの健康についてを思い出してみてください。健康とは肉体だけの問題ではないという事が記されていました。そうすると「背骨を治したりすることは、肉体だから、肉体の施術だけ行っているのではないか?」という疑問が湧いてくると思います。

 実は、肉体も精神も社会的及び霊的な部分も、別々で完全に独立してるわけではありません。例えば、悩みが解決して、体が楽になることは誰でも経験がある事ですし、また、体の痛みから社会的な関係が崩れてしまったり、生きがいや信念、尊厳が保てなかったりするものです。

 当院は特に肉体を扱う整体院ではなく、むしろ他の活動性から肉体の分析を行うことをに重点を置いています。体に自由がない(凝りや制限)ということは、すなわち精神活動にも自由がないということです。単純にその逆も同じことで、考え方を変えれば体の動きも変わるという事になります。盲点は、霊性と肉体との関係性についてです。東京整体GEN流院ではこれを「スピリチュアルダイナミクス」と呼んでいますが、最も根源にあることが制限されていないか?今置かれている状況に霊性がブロックさていないか?そういった観点から肉体の健康や、歪み、症状を分析してゆきます。いずれにしても、「体だけ治してください」ということは不可能に近い事です。